23.シドニーの地元の会社で働くーRENNYS-

工場に入居して3日目にして仕事は始まろうとしていた。
レニーズはピットストリートと呼ばれるメインストリートと
もう一つのストリートの交差点の角にあった。
ヨーロッパ調の外環が目立つきれいな建物だった。
初日の朝はシャワーを浴び、今まで活躍の少なかったスーツに着替え
ネクタイを絞めた。…
やっぱスーツ持ってきてよかった。・・・
結局パーティーでは出番がなかったけど。
こんなとこでまた出費できないし。
異常に黒い顔にロン毛にスーツ…….。
なんかスッゲー怪しい。
鏡の前で苦笑いした。
店に着くとボスのレニーは2号店に行ってくれと言った。
面接では聞けなかったが彼の系列で町の中に3軒の店があるとのことだった。
2号店はMAYERという大きなデパートの中にあるテナントだった。
そこにはマリアがいた。(本名です。)
実際、この仕事場でこの後知る事になるやり切れない思いを
聖母マリアのように癒してくれたのは彼女だった。
最初からきっついギャグを飛ばした。
”キムタク?”
はっ?一瞬何を言われてるのかわからなかった。
キムタク?そんな英語あったっけ?
オージースラングか?(イヤっ。それは無理)
聞くと、この店には今まで日本人観光客対応に色々な日本人が勤めていたとのことで誰かが彼の話をしたらしい。
ロン毛以外何もあってないじゃん。
っていうかオレのがカッコえーわい……
オイオイ誰か来てくれ!イターイのが紛れ込んでるぞ。
まあそんなイタイ男のことはさておきマリアとの出合いはそんなリラックスした感じだった。
彼女は最初35歳くらいかと思ったがその頃もう25歳になっていたオレより2コ上の27歳とのことだった。
(老けてたって事じゃなくなんか皆ガイジンさんって年齢より大人っぽいよなー)
彼女には色々教わった。
まずお客様にはそれなりにちゃんとした態度でという発想が全然違った.。
客が店に入ってきたら”Good afternoon Mrs.…”なんて事は絶対なかった。
(日本で教わる英語ってやっぱおかしいよなあ)
”Hi!”彼女はいつも客にそう挨拶した。
そして客が帰る時も”Bye-bye!!”だった。
(厳密には日本のバイバイと使い方が違うと思うけど)
いつもフレンドリーという接客が彼女のやり方だった。
それで実際、彼女は次々に商品を売っていた。
だから最初のうちはずっと彼女のやり方を真似ていた。
でも彼女と明らかに違ったのは・・・
”May I help you something?”とか
”You need some help? (何かお探しですか?)”
とか真似ながら接客してても心の中では全然違う事を思ってた点だ。
”たのむ、Just lookingって言って!!色々英語で難しい注文しないで!”
いっぱい、いっぱいだった。
慣れるまでは本当にこの言葉を期待しながらビクビクしてたと思う。
でも日本人の観光客が店に入ってきた時は今まで日本で経験してきた販売経験を誇示するかのように堂々と接客した。…
それじゃ意味ないんじゃん!!
彼女と仕事してるとリラックスできたので普段の自分のペースで接客できてそれが結果にもつながった。
一方、オーナーのレニーと一緒だと最悪だった。
とにかく客が入ってきたらすぐに”押せ押せ”とジェスチャーした。
泳がすって事をまるでしなかった。
餌に食い付く前に釣れって言ってるようなもんだ。
彼はもちろん成功してる実業家かもしれないけどオレからすれば絶対近くにいたくないタイプだった。
イタリア系外国人の彼がこの国で成功する為にはシビアになるのは分かる。
よく分かる。
でもオレに吠えてもいいけど女の人にあんなメチャメチャな吠え方したらアカン。
しかもあんな通り中に響くほど大声で…
・・・・・・
彼はちょとでも気に入らない事があると誰でも大声で怒鳴りつけるタイプだった。
オレも日本にいた頃、ドラマから出てきたの?
ってくらいの典型的カミナリ部長という人が前の会社にいたけど彼の比じゃなかった。(O社の社員ここでニヤッとしない!!)
彼はオレがチョットでも英語がわからないと机を叩いて吠えまくった。
また、オレが客引きの為にメインストリートに立ち、声をかけても怪しいイデタチに日本人観光客が引いてるのを見ては毎日のようにガンガン吠えた。
(まあ当然なんだけど…正直ヘコんだ。)
そんな時にある事件が発生した。
朝、店に来てみると前の日の売上金約50万円が金庫から消えていたのだ。
それを見た彼はオーバーリアクションと共にいつもより激しく狂いまくった。
人目も気にせず、通り中に聞こえるようなシャウトで…
そしてこともあろうに真相を知らないマリアにそれを当てまくった。
”NO!!…NO!!…MARIA!!…What hell’s goin’ on!!
(いったい何が起こってるんだ!!マリア!!)
さすがに黙ってられなくなった。
「彼女は何も知らない。女の人にそんな言い方したらダメだ。」
正に火に油を注ぐとはこのことだろう。
彼は今にも殴りかかりそうな勢いでオレに激しく詰め寄った。
オレは数日前、1号店の店員クリスに「あいつ(オーナー)やり過ぎなんじゃねー?
なんかあったらジャパニーズカラーテで成敗してくれるわー」とオチャラケた時「でも彼もカラテの黒帯だよ」とクリスが言っていたのを思い出した。
”しょーがねーなあ。今日のところは勘弁してやるよ。運のいい野郎だ。”
イタい程負け惜しみのパターンじゃん!!
まあ結局マリアに「.DAI。大丈夫だから2号店に戻って…頼むから」と言われて複雑な気持ちのまま2号店に戻った。
最後、店を離れる時もう一度マリアを見るとウィンクをされた。
”えっ、オレの事好きなのっ?”……バーカ。
長年この店で働いている彼女にとっては珍しいことではないんだろう。
実際彼女は2号店に戻ってきてもあっけないくらいケロッとしていた。
なんかバカみたいじゃんオレっ、一人で熱くなって…
3号店の働くお姉さんピアも2号店に来ていてオレが「ぜったいあいつ(オーナー)CRAZYだぜー」と言ったら
2人してニヤッとした。…何?訳わからん。
結局、店の売上金は他の店員が事前に預かっていただけで何も大袈裟なことじゃなかった。
でもこの事件のシコリは仕事を辞めるまで払拭できなかった。
金とそれに惑わされた人間の怖さを感じた。