11.バナナとスカイダイビング

語学学校の最初の頃は皆、空く時間を作る事を変に恐れていたところがあって
課外イベントによく参加するという時期があった。
(お金がある内しかそんな事は続かないんだけど…)
そんな時にスカイダイビングに参加しようという企画が上がった。
正直、オレは高い所は苦手だった。
ただ「いいよ」と言ってしまったのは日本より5分の1から3分の1くらいの金でできるという
貧乏根性からだった。AS$150(当時9000円強)との事だった。
当日は30人位の参加者がいて3人ずつ降りると言われた。
オレのグループは最後から二番目だった。
快晴で陽射しが強く、やたらハエが多かったのを覚えている。
マサエとSUNNYとアキとトランプをしながら出番を待った。
たかだか5分ちょっとの為に、1日待たなければならないという事に失敗したかなあ
という気持ちになってきた。
そしてその気持ちは、降りてきた人間を見るたびにどんどん募って行った。
満面の笑みで”最高!!”というヤツもいれば、顔面蒼白のまま無言で帰ってくる者もいた。
オレのオッズでは心なしか6:4で顔面蒼白が競り勝っているように思えた。
“がんばれ満面の笑み!!“を感じていた。
そうこうしてる間にマサエとアキの出番が来た。
何とも複雑な表情のままの2人を乗せた小型セスナは真っ青な空に消えて行った。
オレは2人が満面チームであることを願った。
それから20分ちょっとが経過した…
空に点がみえた。アイツらだ!!
オレ自身がこの時点で満面チームにフライングしてしまった。(嫌な予感がした。)
一勝一敗だった。
興奮しているマサエ。ノーコメントのアキ。
余計分からなくなってきた。
二番手のSUNNYに全てが託された。おまえのリアクションに全てをかける。!!
同じように小型セスナに彼女は消えて行った。
さっきの二人より待つ時間が長く感じた。
そして彼女は降りてきた。
・・・・
・・・・
・・・・
「もう、最っ高ー!!」
勝利の女神に見えた。
満面チーム、エースの帰還だった。2勝1敗、勝率アップだ。
彼女は興奮した様子で”最高!!”を連発していた。
“そうか最高か。”…ちょと楽になった。
…オレの出番はあと2グループのところまで来ていた。
アキは相変わらず、青白くなってかなり苦しそうに”気持ち悪い”とこぼしていた。
………大丈夫。最高。最高。と繰り返し、
勝利の女神にあやかろうとSUNNYを見た。
“♪OH-My裸足の女神よー……・・・・・・お?”
・・・・・・あれっ、ちょっと待って。
自分、顔そんな白かったけ?…おい、おい冗談だろ?…
…って言うかなんでそんな無口になってるん?…
ひゃーやめてくれーっっっっ……
・・・・
・・・・
勝率は一勝一敗一分に修正された。
「着替えて準備に入ってください。」
可愛らしい赤ん坊を負ぶったそこのオーナーのオージーヤンママはオレにそう告げた。
なんだか赤ん坊のその可愛らしさが恨めしかった。
”お前はいつもそうやって無垢な顔でDIVER達を見送ってきたのかい?、
Baby?(そのままだな)
もし、オレがオーストラリアの空に散る事があったら皆にこう伝えてくれ……”
「ベッドの下のお気にのエロ本は忘れずに棺桶に入れてくれと…」
……散っちまえ!!
覚悟を決めてツナギに着替えると、タンデムするそのインストラクターは
「バナナになるんだよ」と言った。
「はっ?…今何て?」おもわず日本語で聞いてしまった。
「だから飛び降りてからはバナナのように背中をのけぞらせてと言ったんだよ」
とインストラクター。
“……バナナて…あんたバナナて…”
このいかにも適当マシーンに見える彼に
命を預けるかのと思うと負け越しは揺るぎ無いものに思えた。
セスナに乗る前に最後に写真を撮った。
なんかイヤな感じだった。
そしてセスナは飛び出した。
オレのグループは1番手に中国人の女のこ、2番手にオレ、最後にクレイジーボーイのディディエだった。
イヤな勘は当たった。
朝はあんなに快晴だったのにオレらが飛び立つ頃には曇りだし、とうとう雨が降り出してきたのだ。
さすがにもう黙ってられなくなって聞いてみた。
オレ:「雨降ってきたけど大丈夫?」
インストラクター達:「ハッハッハッー。」
オレ:「・・・・・・・こんな天気の時に飛んだ事あるの?」
インストラクター達:「ハッハッハッー。」
オレ:「・・・・・・・・・・・・・・・」
あかん。こいつら、あほや。こりゃ一勝二敗一分どころじゃ済まないかも…
でも、もう後には引けなかった。
頭の中をバナナに切り替えた。
…本当かよー。バナナがこの天候と陽気なオージーに勝てんのかよー?。
降下ポイントに着いた。ドアが開かれる。
山以外に目視できるものはないように思えた。
ものすごい風が機内に流れる。
意外な事にこの時はもう覚悟が決まっていた。
バナナになろうと…
一番手の中国人の女のこは奇声を上げた。
なかなか飛び出せない。
“頼むよ。早くオレニ、…オレノ?…バナナ…”(あ失礼)
壊れ始めてきた…
なんだか自分が何を考えていたのかも分からなかった。
そして…
「キャーーーーア…………」
女のこは消えて行った。
いや、あっという間に落ちて行ったという表現が正しいだろう。
”マジでえー?”…この時だけはさすがに顔が引きつった。
オレの番が来た。窓のヘリに立つ。
背中でオレとくっついいているタンデムの適当マシーンが親指を立てながら言う。
「バナーナー」
「・・・OK。」もうボケてる答えも浮かばなかった。
後ろでカウントが始まる。”3″”2″”1″…
「バナアナアーーーー……」
何も聞こえなかった。
あっという間に落ちてどうなったのだろう?
でも落ちているという感覚はまるでなかった。
ものすごい風が下から吹き上げて来たけど下の景色は小さすぎて変化が分からない。
教えられたようにバナナになった。
「ウグッ…バオーウーーーーーーーーー!!」
オレは何かを大声で叫んでいたが何を言っていたのかは覚えていない。
気付くと鳥になっていた。
「すげえーー、オレ空飛んでるーー!!」
…いやっ、アンタ落ちてるだけだって。そのままいったら死ぬで。
時間が止まってるのではないかとさえ思った。
雨が下から降ってきて顔に当たり、かろうじて落ちている事に気が付いた。
だんだん下の景色が分かってきてパラシュートが開かれた。
ほんの40秒そこらのフリーフォールだったが正に”最高”だった。
ゆっくりとクルクル旋回しながらパラシュートは出発地点に戻って行く。
「パラシュートで降りる時、下ばっか見てるとダイのその真っ黒な顔、私みたいに青白になれるよ」
とSUNNYが言っていたことも忘れなかった。
満足していた。バナナ万歳という感じだった。
大逆転で二勝一敗一分になったことも満足だった。
無事着地に成功。
すぐさま適当マシーン改め、バナナ師匠とがっちり握手した。(ゲンキンだな…)
一日待った甲斐があったと初めて思えた。
この話には最後に可愛そうなエピソードが残されている。
オレらの3人グループが降りてきた後、雨は本格的に振り出し雷までガンガン鳴り出す始末。
最後のグループ3人だけが、一日中待ってダイブできなかったのだ。
…ついてねえよなー
そして落雷の為、ブリスベン一帯は3・4時間停電状態。
(あっちは直るまで時間かかるんです)
その日の夜にテレビで、ワールドカップ日本代表が本大会出場をかけて
最後の試合をすると知っていたオレはいつ電気が戻るのか気が気じゃなかった。
幸い、放送の30分前に電気は回復したんだけど…
出場を決めた瞬間、この時ばかりは日本で皆と観てコワレたかったと思ったけど…