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32.シドニーの夜は8時だよ全員集合

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24歳の時に1年オーストラリアでワーホリを経験。ワーホリから帰国後5年弱外資系で働くも今度は海外で働く事を目指して30歳を目前にニュージーランドでギリホリを経験。そして思いの外ハマってしまいこの地に住んで16年目。どうすればもっと日本人が外に出やすいかをいつも考えてぐるぐるしています^^
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6月になろうとしていた。
シドニーは冬真っ只中だった。
朝方は特に冷え込み南の国でセーターを買う羽目になった。
色々あったけど予定の3ヶ月仕事をして旅行資金も何とか作り出す事ができた。
そろそろ1人旅の出発の時だと思っていた。
ちょうどいい時期だろう。
ワーホリでは同一雇用主の下で3ヶ月以上は働けない事になってる。
(これは名目上だけのものだと思うけど)
労働ビザでも学生ビザでもないということなのかな?
とにかく6月が過ぎた頃オレは店長のレニーに”辞める”事を告げた。
あんなに吠え続けていた彼は最後になって
「シドニーに来る事があったら寄るといい」と無表情で言った。
オレは「…May be」と答えた。
マリアとピア(3号店のお姉さん)には最後の日「一緒に写真を撮ろう」と言った。
2人は顔を合わせて笑い出した。
「どうしたの?」とオレ。
「だって。…ここを辞める時、日本人は皆そう言うんだもん。」とマリア
「……………..」オレ。
顔が赤くなった。…恥ずかしいー。
でもうれしー。オレやっぱ日本人だったんじゃん?!
皆が色々言うからすっかり日本人なの忘れてたわー。
2人と写真を撮るとやはり
「寄る事があったら顔をだしたらいいわ」と言われた。
「もちろん。」と答えた。
実際、旅行出発の前日レニーの1号店ではなく2号店にさよならを言いに行った。
・・・・・・・・・・・
大陸旅行のことを毎日色々考えた。
ブリスベンの日本食レストランで一緒に働いたミチ君と同乗者を探し、車で回る予定になっていた。
ただ問題があった。
日本にいる彼女は4月から中学校の先生になっていて初めての社会人経験プラス先生という立場にダブルプレッシャーを感じかなり参っているという状態だった。
オレに残された滞在期間は残り4ヶ月。
英語の学校は7月の半ばまで。
色々と考えてみた。
これまで色々大変なことがあった時に彼女の存在がオレを助けてくれたことを思い出していた。
そして数日後…
「車で4ヶ月もかけて旅行する事は今のオレにはできない。」
とブリスベンにいる彼に電話で告げた。
彼は文句を言うわけでもなく「分かりました。」と言った。
最後に「彼女にもっとやさしくしてあげて下さい。」とも言われた。
エッ。どゆこと?
考え抜いた挙句出た結論はこうだ…
7月半ばに学校が終了したらすぐに出発する。
バスで回ろうと思っていた。
当初残していた4ヶ月ではなく1ヶ月、8月過ぎには帰国する。
一周ではなく半周で、シドニーから更に南下しメルボルン→アデレード
そこから西のパース、北上してダーウィン。そこから日本へ…
”彼女のことを考え、即帰国”という潔さはなかった。
2ヶ月早くの帰国。それがその当時オレが出せたギリギリの結論だった。
オレよりも1ヶ月早くやはりバスで1人旅に出るコーヘイとある旅行会社の
イベントに参加して距離バスのチケットを割安で買った。
イベント参加者はこれからバックパッカーになろうという日本人が95%以上だった。
俺たちは2人仲良く?!西のパースから少し北に位置するモンキーマイアという
イルカの餌付けができる観光地までの無料券が当たった。
まあ各々1人旅なのでそこには1人で降り立つ・・・・・はずだった。
俺たちは不思議な偶然(運命?)に驚かされる事になる。
・・・・・・・・・
コーヘイがいよいよ工場?!(愛しのオレらの住処)を離れる日がやってきた。
準備はもう完全に整っていて後は夕方の便で出発するだけだった。
たまたまその日にブリスベン時代のSUNNYがマンリー(シドニーから船に乗って行ける半島)から工場ってどんなもんなのかを見に来ることになっていた。
駅で彼女を迎えると彼女は荒れ果てたヤロー共の食生活を心配して食事を作ってくれると言い、買い物をするためにスーパーに寄った。
家に着き、オレの部屋やコンクリート作りの家その物をみると彼女は閉口した。憎まれ口も叩かなかった。
そんなー。そんな寂しそうな顔すんなよー
慣れたらすぐだよ。すぐ。
…….あれっ?どっかで聞いたセリフだなあ…
確かに彼女の家に比べたらびっくりだろうな。
ブリスベンのマサエが帰国前にシドニーに遊びに来た時、2人してマンリーのSUNNYに会いに行ったことがあった。
海は目の前にあるし家はきれいだし。環境は最高だった。
湘南をイメージさせる小さいけど賑やかな町だった。
そんなとこから出てきた彼女から見たらオレの生活って…
アリとキリギリスって本当なんだ・・・。
オレがブリスベンのJOJO’Sで毎日のようにビールを飲んでいた頃
彼女はいつも水で過ごしてた。
ああ。…オレって分かりやすいキリギリス…
彼女はチキンのクリーム煮とハンバーグを作ってくれた。
オレらも3ヶ月の自炊で随分腕を上げたと思ったがやっぱ女のこの料理は違う。
みんながっついて昼飯を食べた。
その後、次の日から空になってしまう
コーヘイの部屋でSUNNYも入れて皆でくだらない話で盛り上がった。
彼女もオレに負けず黒くなってた。
ボディーボードのせいだとか…。
結局1度しか使わなかった
O’NELLのウェットは彼女に渡す事にした。
夕方になりいよいよコーヘイの出発となった。
奴はオーナーのノールやノエル他シェアメイト全員と写真を撮った。
心なしか頬や目の周りが赤い。
もともと目つきの悪い奴(笑)だったが何かを堪えようといつもより怖い顔つきをしていた。
SUNNYや他のシェアメイト達と共に家を後にした。
SUNNYとはセントラルステーション(バスが出る駅)で別れコーヘイを見送った。
実はこの時、コーヘイがシドニーに来る前に住んでいたケアンズからずっと一緒に過ごしてきたタクヤは仕事でこの場には居なかった。
彼らは仲が良くはなかった。っていうかコーヘイはよくタクヤの
文句を言っていた。…のだが…
バスの出発を待ってる数分間の間に反対の通りから男が走ってきた。
タクヤだ!!
しばらく息を切らせていた彼はコーヘイの方を見て言った。
「仕事1時間休みもらってきたよ」
コーヘイ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
…………….バカヤロウ。」
さっきよりももっと赤く怖い顔でそう言った。
ようやく全員集合だ。
最後にバスの前で写真を撮った。
そして数分後怖い顔のままコーヘイはバスに乗りこみシドニーを後にした。
帰りの電車ではオレとノリが必要以上に喋り続けていた。
次の日、いつものようにインスタントラーメンの朝飯を作ろうと2階に上がると奴の部屋のドアが空け放しになっていて空っぽになってるのが見えて”ああ・・・行っちまったんだな”と思った。
”下界の人間は地上界へ帰れ!ここは天上人様の部屋じゃ!!”
・・・一人でクスッと笑ってしまった。
オレの心ももう1人旅に向けて動き出していた。

 

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