37.オーストラリア大陸横断インディアンパシフィック号の旅
1998年7月8日(水)
インディアンパシフィック号はパースを目指しひたすら西へ走る。
車窓から見える風景は昨日も今日も変わらずブッシュと青い空と白い雲のみ・・・
夜になれば青い空が満天の星に変わること以外ずーっと変わらない景色。
それでも飽きずにオレは外の景色を眺め続けていた。
フッと左の列の窓際の座席を覗くと同じ様にコーヘイも外をボーっと眺めていた。
オレも自分の列の車窓に目を戻すとボーッと何かを考え始めた。
俺達はまだ旅を共にしていた。
・・・・・・・・
月曜日は前日ツアーの長旅で疲れていたため昼前に起きパン1枚とリンゴでブランチを済ませた。
それから2人でアデレードの町を散策したがこれといって興味を惹かれるようなものはなく前日の肉が頭から離れずにスーパーで肉を買ったくらいだ。
4枚でA$3ちょっと。2人で2食分でこの値段だったらかなり安い。
俺らは帰ってから早速自分で調理してそれを食し本当に幸せな気分に浸った。
オージービーフ・バンザイを感じた。
食べ物でこんな幸せな気分になったのは正直生まれて初めてなんじゃないかと思った。
人というのは慣れてしまうとそのありがたみが分からなくなってしまうなんて哲学チック?なことまで考えたほどだった。
火曜日には宿をチェックアウトし夕方6時の列車に乗るまでまた町に出かけた。
オレはダーウィンからブリスベンまでの交通手段を検討するため色んな旅行会社を回ってみたけどやっぱり飛行機でいく余裕などなくどこかでまたキロバスのチケットを買わなければと思った。
出発まで時間があったので火曜日で映画が安いということもあって2人で映画を見た。
夕方になり駅へと向かった。
オレ達はメルボルンで再会する前に同じ日の列車の予約をしていた。
(インディアンパシフィック号は1週間に数本しか走らない。2泊3日の長距離だし)
この時、お互いに1人旅をしようと思って出発したけど2人になってるという事実にどうしたもんか?という疑問は不思議と浮かんでこなかった。
何かの行動をする時は1人で動く事が多かった今までの自分とすればちょっと?なケースだ。
いや、正確には頭に浮かんでは来たが自然にこの流れに入る事ができた。と言うのが正しい。
それは1人が寂しいから、不安だからという類の問題ではなく
(お互いにどちらかがどちらかに寄りかかるというタイプでもなく事実そうはならなかった。)
コーヘイという人間と一緒に旅をするということをごく自然に感じた。ということ・・・
むしろヤツと再会して”じゃあここからは別々に”と思うほうが不自然に思えた。
だからオレ達はこの先のことを何も話していなかったけどきっとお互いの道が分かれるまでは行動を共にするだろうと漠然と思っていた。
コーヘイにしても同じ様な事を思っていただろうと考えていた。
・・・・・・・・
”クサっ!!”
車窓を眺めていたオレはコーヘイのその声に反応して現実世界に引き戻された。
オレ:「何っ・・・・・どうしたん?」
コーヘイ:「ダイ兄ーやっばいわーこのハム!!もう腐ってきてんちゃう?!」
オレ:「はっ?・・・・・・ああアデレードで買ったヤツ?」
コーヘイを見るとビニール袋に入った大小様々なハムの切れ端の臭いを嗅いで渋い顔をしていた。
これは俺らが列車に乗る前にアデレードの肉屋で買ったシロモノだ。
車内食堂なんかでまた出費は出来ないので俺らはパンとチーズを買った。
そして立ち寄った肉屋でハムも買おうかと思ったんだけど結構値段が張るので諦めようとした。
その時・・・
オレ:「おい、ちょっと待て。この棚の端っこにある色んな種類の切れ端があるハムは何だ?」
コーヘイ「あっ?!・・・・なんじゃこれ。本当の残り物の寄せ集めじゃねえか。コレは無理でしょ。兄さん・・・・。」
オレ:「アホ言え!!。今日肉のありがたみを肌で感じたばっかじゃねえか?!」
コーヘイ:「・・・・でもよー、こりゃ犬のエサかなんかじゃね・・・・・・」
オレ:「この端のヤツいくらですか?」と店員に尋ねる。
店員:「一袋1ドルだよ。」
オレ:「2袋下さい!!」
コーヘイ:「おいおいマジかよ・・・犬かよ・・・・来るとこまできたな・・・オレら。」
・・・・・・・・・
車内にもちょっと酸味の臭いが漂う。
コーヘイ:「これもうあかんわ!もう食わねー。だから言ったやんけー」
オレ:「アホ言え!まだ全然いけるわっ!!」
と言いながらパンにその怪しいハムを挟むと食べ始めた。
コーヘイ:「うわっ。絶対この人おかしいわ!!犬や犬。」
それを聞くと俺も調子に乗って更にハムを挟みガツガツ食いだした。
コーヘイ:「あかん。この人ホントおかしいわ・・・・クサっ!!」
二人してアホみたいに笑いながらパンを食べた。
そうだこれなんだ・・・。
俺らは結局列車内の2泊3日パンだけで過ごした。とてもヒモジイ食事だ。
だけどコイツとアホみたいに話してたらなんかそれもありじゃんと思える。
どんなに貧しい食事でも2人で貧乏度を競いながら笑いの絶えない旅行となる。
だからオレは2人で旅をすることを自然に感じたんだ。
その時にさっきまで考えてた答えが見えた気がした。
っていうか隣に座ってた人すいません・・・。酸味にヤラれた?!
列車は怪しい臭いを乗せて西を目指す・・・・・・
夕方になって一度列車は小さな村に止まった。
一時間ほど停車するとの事で乗客は各々下車し休憩した。
特に俺らのエコノミシートは普通の特急列車のような座席でずっと座りっぱなしで移動できるのは喫煙場所くらいだったので俺らは色々散策する事にした。
なんてバクっとした標識だろう?!
一度村の中心部まで歩いてみたが明かりも少なく
寂れた感じだったのですぐ列車に戻ろうと歩き出した。
途中のスーパーでビールが水よりも安い90¢で売っていた。
オレたちは旅に出てから1人の時もアルコールは贅沢品と思って1口も飲んでなかった。
当然オレは「おい。水より安いんだぜ。これは買いだろ!!」とコーヘイに投げかける。
するとコーヘイが「別にいいんじゃねえ。兄さんが飲みたいんだったら。オレは買わないけど」と返した。
オレ:「・・・・だって水より安いんだぜ・・・なあ、めっちゃ飲みたくねー?」
コーヘイ:「だから買ったらエエやん・・・一本で満足できんのやったら・・・。」
オレ「・・・・・そんなん言うなよ。・・・・・いい!!。買わねえ!」
コーヘイ:「なっ、自信ないんやろ?!・・・・・・・うわっ、でもめっちゃ旨そうだ。」
オレ:「買うっ?!」
コーヘイ:「買わねー」
オレ:「・・・・・・・・・・だろっ。オレも水で十分だもん。」
コーヘイ:「でも90¢は安っいわー。炭酸イキてー、ノドいじめてー!!」
オレ:「買うっ?!」
コーヘイ:「買わねー」
オレ:「・・・・・・・・・・・・・・・・もっとおーーー!????????」
ドSとドMのやりとりだった。
えーっと、遊ばれてるほうが3歳年上です。
ガンバレ・オヤジ。
・・・・結局ミニコントを終えると買わずにその場を去った。・・・・・・冷やかしかよっ!!
列車まで戻ってきてもまだ30分以上時間があった。
すると今度は2人で1等車ってどんなもんかこっそりと入ってみた。
「なっ、なんじゃこりゃあーーー」
そこは俺らのクラスとはかけ離れテレビやソファーなんかもあった。
ここまで違うのかよ待遇。
俺らはさも自分たちの座ってる座席のようにくつろぎタダなのを(だと勝手に思った)イイことに紅茶をガンガン飲んだ。
2人で3ッパクはやっつけた。
ハイソなゆったり1等車
寝るのも苦労する4等車・・・当然コッチだった。
しばらくゆったりしてるとオレ達は酒じゃなく紅茶で、気分は高貴な貴族で?!
久しぶりにゆっくりと色々な事を語りだした。
これからの事。仕事の事。日本で共に待っている彼女達の事。
オーストラリアでのことを延々と語り合った。
そして数十分がたった頃いきなり列車が走り始めた。
”あらっ。走り出しちゃったぞ。なんもサインなしかよ!”
そして自分らの4等車に帰ろうと車両へ戻ろうとしたがロックされていてドアが動かない。
”あーらら。まあいいっか。こっちのが快適だし。”
と思って更に数十分が過ぎた頃車掌が部屋に入ってきた。
「勝手に入っちゃダメ!!」と言われ当たり前の様に飲んでる紅茶をみると車掌は更に渋い顔をした。
「紅茶まで勝手に飲んで・・・・これは1等車のお客さん専用です。困りましたね。」と呟いた。
”やっばいなあ”と思ったけど俺らが日本人と分かると彼は急に顔を輝かせて
「実は今度新婚旅行で日本に行くんだよねえ。日本ならどこがいいかな?」
と尋ねだした。
オレは「トキオ・ディズニーランド」と答えた。
全然日本チックじゃねえな・・・・・
とにかくそんなこんなで色々と話してるうちに和気あいあい?!となり、おトガメなしで4等車に戻してもらった。
後で聞いたらそういうアホな行動をして列車から降ろされる人も結構いるとの事だった。
悪意は全くないんですよ。全く。ただキラキラしたものに吸い寄せられて・・・・・。
虫かよっ!!
みなさん、決して真似しないで下さい。
そして4等車に戻るとみんなに「どこ言ってたの?、車掌さんが探し回ってたよ」と言われた。
「いやー、後ろで紅茶飲んでたら動けなくなっちゃってえー」というと皆に拍手された。
ハハ・・・・・・・出来る事ならここには戻ってきたくなかったよ。
オレもいつかは紅茶を啜りながらパイプでも吹かす”じぇんとるまん”になってやるう!!
無理!!、まずヒゲから生やし方違うし・・・・
紳士と呼ぶにはあまりに汚い2人だった。
それから更に臭いのきつくなったハムとパン(コーヘイはパンとチーズ)で夕食を取り
また星空を眺めているうちに浅い眠りについた。
そして翌朝7時、時差を抜くと39.5時間かかった列車の旅は終わりを告げた。
ウェストオーストラリアのパース。
オレ達は長時間座っていたケツの痛みに耐えながらその駅に降り立った。
この先どんな旅が2人を待っているのだろうか・・・・